今回のテーマ
前回までのSpeciation計算では、「すでに溶けているイオンがどんな化学種として存在するか」を調べた。今回は一歩進んで、「固体の鉱物と水が接触したとき、何が溶けて何が沈殿するか」を計算する。
これを担うのが EQUILIBRIUM_PHASES(平衡相) ブロックである。
今回使う題材は 石膏(Gypsum)と硬石膏(Anhydrite) の2つの硫酸カルシウム鉱物である。
この2つは同じ化学組成(Ca・S・O)でできているが、温度によってどちらが安定かが逆転するという興味深い性質を持っている。これを計算で確かめていこう。
EQUILIBRIUM_PHASESとは
EQUILIBRIUM_PHASESブロックは、「この鉱物を水と平衡状態になるまで反応させる」という指示である。
PHREEQCは以下を自動的に計算する:
- 鉱物の飽和指数(SI)がゼロになるまで溶解または沈殿させる
- その結果として変化するpH・各イオン濃度・鉱物量
初期鉱物量=10:十分な鉱物が「ある」(溶けきらない量)
計算シナリオ
今回のシミュレーションは以下の構成である:
| ステップ | 内容 | PHREEQCブロック |
|---|---|---|
| 1 | 純水を定義(pH 7, 25℃) | SOLUTION |
| 2 | GypsumとAnhydriteを過剰に加える | EQUILIBRIUM_PHASES |
| 3 | 25℃ → 75℃まで1℃ずつ加熱 | REACTION_TEMPERATURE |
| 4 | 各温度でのSIを記録・グラフ化 | SELECTED_OUTPUT / USER_GRAPH |
GUI操作手順
Step 1:純水を設定する
前回・前々回と同じ手順で、デフォルト設定の純水(pH 7, pe 4, 25℃)をSOLUTIONアイコンから設定する。
SOLUTION 1
temp 25
pH 7
pe 4
redox pe
units mmol/kgw
density 1
-water 1 # kg
Step 2:EQUILIBRIUM_PHASESを設定する
画面左のアイコンバーから EQUILIBRIUM_PHASESアイコンをクリックする。
設定ウィンドウで以下を行う:
- リストから Anhydrite と Gypsum にチェックを入れる
- それぞれの Saturation Index(SI目標値)に
0.0を入力 - Amount(初期鉱物量)に
10を入力
Amount は「最初に用意する鉱物の量(mol)」である。10 mol は非常に多く、「水が飽和するまで溶解し続けられる十分な量がある」ことを示す。もし Amount を小さい値にすると、平衡に達する前に鉱物が溶けきってしまう。
Step 3:REACTION_TEMPERATUREを設定する
温度を変化させるには REACTION_TEMPERATUREアイコンをクリックする。
設定ウィンドウで:
- Linear step にチェックを入れる
- 開始温度
25、終了温度75、ステップ数51(1℃刻みで51点)を入力
Step 4:SELECTED_OUTPUTを設定する
結果をファイルに書き出すため SELECTED_OUTPUTアイコンをクリックする。
- General タブ:
temperatureをtrueにする - Saturation_indices タブ:
AnhydriteとGypsumにチェックを入れる
PHREEQCコード(完全版)
GUI操作の結果として生成される完全なコードは以下の通りである。
次のコードをコピーして、PHREEQCに直接貼り付けて実行することもできる。
SOLUTION 1 Pure water
temp 25
pH 7
pe 4
redox pe
units mmol/kgw
density 1
-water 1 # kg
EQUILIBRIUM_PHASES 1
Anhydrite 0.0 10 # SI=0を目標・10 mol用意
Gypsum 0.0 10 # SI=0を目標・10 mol用意
REACTION_TEMPERATURE 1
25.0 75.0 in 51 steps # 25℃から75℃まで1℃刻み
SELECTED_OUTPUT 1
-file gypsum_anhydrite.sel
-temperature true
-saturation_indices Anhydrite Gypsum
USER_GRAPH 1
-headings Temperature SI_Anhydrite SI_Gypsum
-chart_title "Gypsum vs Anhydrite: SI vs Temperature"
-axis_titles "Temperature (°C)" "Saturation Index (SI)"
-initial_solutions false
-start
10 graph_x TC
20 graph_y SI("Anhydrite") SI("Gypsum")
-end
END
USER_GRAPH はPHREEQCのGUI版(Interactive版)専用のグラフ描画機能である。graph_x でX軸の値、graph_y でY軸に表示する複数の値を指定する。TC は摂氏温度を意味する組み込み変数である。
結果の読み方
計算を実行すると、PHREEQCのウィンドウにSI vs 温度のグラフが表示される。
SELECTED_OUTPUTで出力された .sel ファイルの中身はこのような構造になっている:
temp si_Gypsum si_Anhydrite
25 0 -0.305
30 0 -0.250
35 0 -0.197
40 0 -0.145
45 0 -0.093
50 0 -0.043
55 -0.006 0
60 -0.054 0
65 -0.102 0
70 -0.148 0
75 -0.194 0

考察:なぜ温度で安定性が逆転するのか
① 25℃では石膏が安定
低温では、水分子を結晶格子に取り込んだ石膏(CaSO₄・2H₂O)の方が安定である。GypsumのSIはゼロに近く(平衡付近)、Anhydrite(硬石膏)のSIはマイナス(不飽和・溶解方向)となる。
② 55℃付近で逆転
温度が上昇するにつれて、AnhydriteのSIが上昇してゼロに近づく(安定性が相対的に増加する)。特定の条件下では約50〜60℃付近で石膏と硬石膏の安定性が逆転し、Anhydriteの飽和状態が向上する。
③ 75℃ではAnhydriteが安定
高温では結晶格子から水分子が外れ、CaSO₄(硬石膏)の方が熱力学的に安定になる。これが地熱環境やCO₂地中貯留(CCS)の地層でAnhydriteが優勢になる理由の一つである。
この相転移は現実の地質現象にも対応している。堆積盆地の深部(温度が高い)では硬石膏が、浅部(温度が低い)では石膏が卓越する。また、CO₂を高温地中貯留(CCS)環境では、CO₂を高温の地層に圧入する際に、CO₂による水の酸性化により一時的に石膏が溶解し、その後の温度・水活量条件に応じて硬石膏が再沈殿する可能性がある。
EQUILIBRIUM_PHASESのキーポイント
今回の計算で学んだことをまとめる:
次回予告:カルサイト−CO₂水反応
次回は 開放系と閉鎖系の違い をテーマに、カルサイト(方解石)とCO₂ガスの反応を計算する。
土壌中のCO₂分圧(\(P_{CO_2} = 10^{-1.5}\) atm)で飽和した水がカルサイトと反応するとき、系(Syatem)がCO₂に対して開いているか閉じているかで最終的なpHがどう変わるか ── を追う。地下水の水質形成を理解するうえで最も重要な反応の一つである。
参考文献(References)
このシリーズの他の記事:
- #1 インストールと最初の計算
- #2 Speciationで海水を解析する
- #3 MixingとEQUILIBRIUM_PHASES(本記事)
- #4 カルサイト−CO₂水反応
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